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2007年4月27日 (金)

所得格差と教育

『格差社会』という言葉をよく聞くが、私は、格差そのものは悪いことだとは思わない。
問題は、真面目に頑張っても最低限の生活をすることさえ困難な人達が増えていることだろう、だからと言って、所得格差が悪いとは思わないが。

真面目に頑張っても最低限の生活をすることさえ困難な経済状態になってしまう根本原因について考えてみる。

このような人たちに焦点を当てたテレビ番組をよく見る。
彼らは、確かに真面目に頑張っている、しかし、何かが足りないように感じる。
それは、将来に対する希望を持ち、それを実現するために考え、行動する事ではないだろうか。
彼らは、『今』しか見えていない、若しくは、将来に対する希望は持っていても、それを実現しようという意欲が彼らからは感じられない。

なぜこうなったのか?
それは教育に原因があると思う。

学校や親、社会全体に共通していると思うが、分かりやすいので、学校について考える事にする。

学校における『いい子』とはどんな子かと言えば、一言で言うなら、それは『素直は子』である。
学校の望む素直な子とは、言われたことに文句を言わずに従う子である。
要するに、自分で考えない、自分の考えを主張しない、指示がなければ考えることも行動することもないのだ。

このような教育環境下における『エリート』が社会に出るとどうなるだろうか?
どうであれ、働いてお金を稼がなくては生きていけないわけだが、このような人は、向上心もなく、『今』を見て頑張るだけである。

向上心を持って創意工夫することができないなら、機械やコンピュータと同じではないだろうか。
つまり、このような労働者は、機械やコンピュータと競合することになり、それは、賃金水準の低下を意味している。

では逆に、ここまでに述べてきたのとは逆の人間に育てるにはどうすればいいのか?

それは、どんな疑問にも答えてやり(例えば「なぜ勉強しないといけないの?」など)、子供の好奇心を折らないようにすることではないかと思う。
また、子どもの意見・希望を、親や学校がその権力で否応無しに潰さないことだ。
自分で考え・行動することが、必ずしも『わがまま』ではないはずである。

尊重すべきか、わがままかの判断は難しいかもしれない。
しかし、『わがまま』であったとしても、それが『わがまま』であることを理解させてやらなければならない、これもまた難しい事だろう。

最後に、私は、収入は多くないが、へそ曲がりな人間に育られたことに感謝し、楽しく生きていこうと思う・・・・素直ではないのに低所得な私、このページの内容と矛盾しているかも・・・・。

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